前の制作会社からWebサイトを引き継ぐ案件で、いちばん時間を食うのは技術的な移行作業ではありません。ドメイン、サーバー、メールボックス、解析ツール。これらのアカウントを誰が持っているのかを整理する工程です。
そしてこの整理は、着手してから始めると確実に遅れます。見積もりの段階で終わっていないと、移行作業そのものが止まります。
この記事は、引き継ぐ側の制作者に向けて書いています。事業会社の担当者が読んでも役に立つとは思いますが、想定しているのは「他社が作ったサイトを引き取ってリニューアルする」立場の人です。
この記事の前提
製造業のコーポレートサイトを、前の管理会社から引き継いで新ドメイン・新サーバーに再構築した案件が素材です。実際に作業して確認したことだけを書いています。
やっていないことも先に書いておきます。
この案件ではDNSの切り替えをしていません。新ドメイン+新サーバーに並行して構築し、旧サイトは生かしたまま301で接続する方式を取りました。したがって「TTLを事前に下げる」「深夜に切り替える」といったDNS切り替え型の移行手順については、今回は触れていません。
同じくメールサーバーの移転もしていません。メールは旧ドメイン側に残置しました。ただしそのことが原因で問題が起きたので、それは後述します。
引き継ぎ前に洗い出すアカウント
見積もり時点で、この一覧を埋めてください。埋まらない項目が、そのままリスクの一覧になります。
- ドメインの登録者名義と、レジストラ管理画面のアカウント保有者(この2つは別物です)
- DNSの管理主体。レジストラのネームサーバーか、外部のDNSサービスか
- サーバー契約の名義と支払い方法
- 問い合わせ受信用メールボックスの管理主体。実体のあるメールボックスか、転送設定か。転送なら転送先はどこか
- Googleアナリティクスのプロパティ所有者
- Search Consoleのプロパティ所有者
- FTP・サーバー管理画面の認証情報を誰が持っているか
- 各種SNS、Googleビジネスプロフィール
このうちドメインの「登録者名義」と「管理画面のアカウント」は分けて確認してください。登録者がクライアント名義になっていても、実際にログインして操作できるのが前の制作会社だけ、という状態はよくあります。名義だけ見て安心すると、移管の段になって動けなくなります。
所有権が前の制作会社にあると何が起きるか
抽象的な話ではなく、実際に起きたことを3つ書きます。
メールボックスの中身を確認できない
問い合わせフォームの受信先が、前の管理会社の管理下にあるメールボックスでした。
これがどう効いてくるかというと、「メールが届いていない」という問題が起きたときに、迷惑メールフォルダを見ることすらできません。本当に送信されていないのか、届いているが振り分けられているのか、こちらでは切り分けられない状態です。
実際、移行後に自動返信メールは届くのに、管理者宛の通知メールだけが届かないという状況が起きました。原因はフォームの送信元設定で、旧環境ではサイトとメールボックスが同じサーバー上にあったため10年間問題なく動いていたものが、サーバーを分けた瞬間に破綻したという内容です。
当時の制作に問題があったわけではありません。前提が変わっただけです。ただし、切り分けようにもメールボックスに触れないという状況が、調査を何倍にも重くしました。
この現象の技術的な仕組みは別記事で詳しく書きます。ここで言いたいのは、受信先の管理主体を押さえていないと、トラブルシューティング自体ができなくなるという点です。
解析データが引き継げない
サイトに埋まっていたGoogleアナリティクスのタグは、前の管理会社のプロパティのものでした。
つまり過去のアクセスデータをこちらから見ることができません。リニューアルの効果測定をしたくても、比較対象になる過去のデータがない状態から始まります。
新しくプロパティを作れば以降のデータは取れますが、「リニューアルして良くなったのか」を示す根拠が作れません。これは制作者にとって地味に痛い話です。
旧ドメインに期限がある
これがいちばん重い問題でした。
旧ドメインは前の管理会社が管理していて、数ヶ月後に打ち切りが決まっていました。
新ドメインへ移行して301リダイレクトを張る方式を取っていたため、この期限がそのままリダイレクトの有効期限になります。旧サーバーが止まった瞬間に、リダイレクトは全部消えます。
検索エンジンのインデックス入れ替えには8ヶ月あれば足ります。問題はそこではありません。
他社サイトからの被リンク、名刺、パンフレット、カタログ、社用車に書かれた旧URL。これらは打ち切りの時点で全部切れます。
紙に印刷されたものは回収できません。「ホームページのアドレスが変わりました」という告知を、クライアント側で計画してもらう必要があります。
この説明は、技術の話ではなく事業の話です。制作者側から先に言わないと、誰も気づかないまま期限が来ます。
認証情報が誰の手にもない
旧サーバーのFTP情報を、クライアントも前の管理会社の窓口も持っていませんでした。
画像ファイルを取り出す必要があったので、これは実務上の障害になります。この案件では、旧サイトに入っていたファイル管理系のプラグインを使い、管理画面経由で `wp-content/uploads` を年度フォルダごとダウンロードして解決しました。
WordPressの管理画面にさえ入れれば、FTPが使えなくてもファイルは取り出せます。引き継ぎ案件では、まずWordPressの管理者権限を確保することを優先してください。
新しく契約するものは、全部クライアント名義にする
ここが引き継ぎ案件で最も重要な判断です。
制作会社のアカウントで作られたものは、数年後に必ず同じ問題を起こします。いま自分が困っているのと同じ状況を、次の担当者に引き渡すことになります。
方針はシンプルです。
- ドメイン、サーバー、解析ツール、すべてクライアント名義で新規に契約する
- 制作側は編集者・管理者として招待される形にする
- 支払い手段もクライアント側に持ってもらう
実務上は、契約の手続き自体をクライアントに渡すことになります。支払い情報の登録が発生するためです。制作者の役割は「どれを選ぶべきかを示して、手順を用意すること」になります。
その前提で、サーバーの選定について書きます。
法人サイトで個人向けプランを選ばないほうがいい理由
月額500円台の個人向けプランでも、技術的にはコーポレートサイトは動きます。ただし引き継ぎ案件では別の要素が効いてきます。
- 支払い方法。企業によってはクレジットカード決済が通らず、請求書払いが必要になる
- 契約名義。法人名義での契約に対応しているか
- 障害時の連絡体制。サイトが止まったときにクライアントへ何を説明できるか
- 担当者の交代に耐えるか。数年後に別の人が引き継ぐことを前提に選ぶ
この案件ではエックスサーバーの法人向けプランを選びました。理由は、すでに他案件で運用経験があり、障害時の挙動と管理画面の分かりやすさを把握していたからです。引き継ぎ案件では「自分が説明できる環境」を選ぶことが、スペック表の比較より優先します。
- 法人名義で契約でき、支払いも銀行振込・ペイジー・コンビニ払いなどから選べる
- スタンダードで700GBのNVMe。無料独自ドメイン2つ、無料SSL、自動バックアップが標準
- 最低契約期間が3ヶ月からで、14日間の無料お試しで管理画面を確認できる
- 初期費用16,500円が別途かかる
- 月額が最も安くなるのは36ヶ月契約のとき
- 個人ブログや小規模サイトには過剰。その場合は個人向けプランで足りる
過去の問い合わせ履歴を引き渡してもらう
見落とされやすい項目です。
問い合わせフォームの受信先を変更すると、それ以前の問い合わせ履歴にはアクセスできなくなります。そして問い合わせの内容には、氏名・メールアドレス・電話番号といった顧客の個人情報が含まれています。
受信先を切り替える前に、過去分のアーカイブをクライアントへ引き渡してもらう必要があります。
これはこちらから言わないと出てきません。前の管理会社にとっても、言われなければ対応する理由がない作業です。移行のスケジュールに、この受け渡しの時間を組み込んでおいてください。
引き継ぎ時のチェックリスト
見積もり段階で使う形にまとめます。
- ドメインの登録者名義を確認した
- レジストラ管理画面に誰がログインできるかを確認した
- DNSの管理主体を確認した
- 旧ドメイン・旧サーバーの維持期間を確認した
- 問い合わせ受信先が実体か転送かを確認した
- 受信先メールボックスの管理主体を確認した
- 解析ツールのプロパティ所有者を確認した
- WordPress管理者権限を確保した
- FTPまたはサーバー管理画面の認証情報の所在を確認した
- 新規契約はすべてクライアント名義にする合意を取った
- 過去の問い合わせ履歴の引き渡しを依頼した
- 旧URLが印刷物・名刺・車両等に使われていないかを確認した
埋まらない項目があれば、それは見積もりに載せるべきリスクです。「前の制作会社の対応待ち」という工程を、最初からスケジュールに入れておいてください。
まとめ
- 引き継ぎ案件で時間を食うのは技術ではなくアカウントの所有権の整理
- 所有権が前の制作会社にあると、トラブルの切り分けすらできなくなる
- 旧ドメインの維持期間は最優先で確認する。301の有効期限になる
- 印刷物に載った旧URLは、打ち切りと同時に全部切れる。告知の計画が要る
- 新規契約はすべてクライアント名義。制作側は招待される形にする
- 過去の問い合わせ履歴には個人情報が含まれる。切り替え前に引き渡してもらう
技術的な移行手順——旧サイトのURL構造をどう引き継ぐか、301をどう設計するか——については、別記事で書きます。
